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広島地方裁判所 平成3年(ワ)1268号 判決

原告

延田敬一郎

右訴訟代理人弁護士

松島道博

被告

株式会社大五

右代表者代表取締役

大林訓司

右訴訟代理人弁護士

清信進

寺垣玲

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金七〇五五万円及び内金六二五五万円に対する平成三年六月二六日から支払済みまで、内金一五〇万円に対する平成元年六月一八日から支払済みまで、内金一五〇万に対する平成二年六月一八日から支払済みまで、内金一五〇万円に対する平成三年六月一八日から支払済みまで、内金一五〇万円に対する平成四年六月一八日から支払済みまで、内金一〇〇万円に対する平成五年六月一八日から支払済みまで、内金一〇〇万円に対する平成六年六月一八日から支払済みまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  被告の平成二年六月七日開催の株主総会における「松尾福三及び吉岡英雄をそれぞれ取締役に選任する」旨の決議は存在しないことを確認する。

3  被告の平成二年六月七日開催の取締役会における「原告を代表取締役から解任する」及び「吉岡英雄を代表取締役に選任する」旨の決議は存在しないことを確認する。

4  被告の平成二年一〇月二七日開催の株主総会における「原告を取締役から解任する」旨の決議は存在しないことを確認する。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

6  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告の株主である。また、原告は、もと被告の代表取締役の地位にあり、取締役の任期は平成三年一〇月三一日までとなっていた。

2  被告は、請求の趣旨記載の株主総会決議及び取締役会決議(以下「本件各決議」という)をした。

3  本件各決議は以下の理由によりいずれも不存在ないし無効である。

(一) 平成二年六月七日開催の株主総会について

(1) 招集について取締役会の決議がない。

(2) 取締役でない松尾及び監査役の松本勝美が招集した。

(3) 定款上、株主総会の議長には代表取締役があたり、代表取締役に事故がある時は取締役会の定めた順序により他の取締役が代わることになっているのに、監査役である松本勝美が議長になっている。

(4) 取締役の選任方法を議長となっていた監査役の松本に一任した。

(5) 定款上、取締役の人数は五名以内となっていて、当時すでに五名の取締役が選任されているのに、さらに、松尾及び吉岡を取締役に選任した。

(二) 前同日開催の取締役会について

(1) 取締役でない松尾及び吉岡が参加しており、松尾が議長になっている。

(2) 取締役五名中、三名が出席していない。

(3) 取締役でない松尾及び監査役の松本が招集した。

(4) 取締役でない吉岡が代表取締役に選任された。

(三) 平成二年一〇月二七日開催の株主総会について

(1) 招集について取締役会の決議がない。仮になされたとしても、取締役でない松尾及び吉岡が参加しており、取締役五名中三名が参加していないので決議は不存在である。

(2) 取締役でも代表取締役でもない吉岡が招集した。

4(一)  本件各決議が不存在ないし無効である以上、原告は、平成三年一〇月三一日まで代表取締役の地位にあり、任期満了により退職したことになるから、被告は、その間の役員報酬及び賞与、退職慰労金の支払を免れない。

(二)  原告の平成二年五月の役員報酬は月額九〇万円であった。

(三)  原告の平成元年度の賞与は年額五五〇万円であった。

(四)  被告の定款には取締役に退職慰労金を支払う旨の定めがありまた、退職した取締役に対して退職慰労金を支給することが慣例になっているところ、原告の退職慰労金額は、月額報酬を基準に、在職年数、会社への貢献を考慮すれば、金三五〇〇万円が相当である。

5  仮に、本件各決議が存在し、かつ有効だとしても、被告は、任期満了前に原告を解任したから、原告が得べかりし役員報酬、賞与、退職慰労金相当額の損害賠償義務を負う。

6(一)  松尾らは、原告が被告に対して何らの貢献もなく、勝手に株式取引をして多大な損害を被告に与えたり、勝手に取締役会議事録を偽造して個人的な借入をしたり、病気で代表取締役の職務はもちろん取締役の職務も遂行することは不可能となり、対外的に信用を失わしめたりしたから、懲戒解雇相当であるなどと、被告の他の役員、従業員や第三者に言い触らし、原告を代表取締役及び取締役から一方的に解任し、さらに、本法廷においても右趣旨に沿う証言をした。

(二)  松尾らの右言動は原告の名誉及び信用を毀損する不法行為であり、被告は民法四四条、七一五条により損害賠償責任がある。

(三)  原告は、右不法行為により多大な精神的苦痛を味わったが、それを慰謝するには、金三〇〇万円が必要である。

7(一)  被告は千代田生命保険相互会社との間で、昭和五〇年一月一日、代表取締役を被保険者とする企業年金保険契約を締結した。

(二)  右保険契約は昭和六〇年満期となり、千代田生命から被告に対して八二三万二四四八円が支払われた。

(三)  原告は、当時代表取締役であり、右支払金の受給権があったから、右金員をもって昭和六一年六月一七日、住友海上火災保険株式会社との間で、一時払いで平成元年から平成四年まで毎年六月一七日に一五〇万円、平成五年から平成八年まで毎年六月二一日に一〇〇万円が原告に対して支払われる旨の積立ファミリー交通傷害保険契約を締結した。

(四)  しかるに、被告は、右保険金が被告の口座に振込まれることを奇貨として、平成元年六月一七日から同四年六月一七日までの間毎年六月一七日に一五〇万円づつ、平成五年六月一七日及び平成六年六月一七日に各一〇〇万円づつ、合計八〇〇万円を住友海上火災保険株式会社から受領した。

8  原告は、被告を相手方として、役員報酬、賞与、退職慰労金及び損害賠償を請求する調停を申し立て、右申立書は平成三年六月二五日に被告に送達された。

9  よって、原告は被告に対し、次のとおりの請求をする。

(一) 本件各決議の不存在確認

(二) 委任契約に基づく報酬等の請求(五九五五万円)

(1) 報酬(一三〇五万円)

平成二年六月から平成三年一〇月まで月額九〇万円の報酬額のうち、平成二年一〇月まで支払を受けた分(月額四五万円×五月)を除く残額が頭書金額となる。

(2) 賞与(一一五〇万円)

平成二年度分及び三年度分の賞与合計額(五五〇万円×二)に値上がり分として五〇万円を加えたものが頭書金額となる。

(3) 退職慰労金(三五〇〇万円)

(三) (二)の予備的請求として任期中途解任に基づく損害賠償請求((二)と同額)

(四) 不法行為に基づく損害賠償請求(三〇〇万円)

(五) 不当利得返還請求(八〇〇万円)

(六) 付帯請求

(1) (二)ないし(四)については、調停申立書送達の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(2) (五)については、各金員受領日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2は認める。

2  同3は争う。

(一) 同3(一)について

(1) (1)は否認する。原告以外の取締役の総意に基づいて決めたことであり取締役会を開いたと評価しうる。

(2) (2)のうち、松尾が招集したことは認め、その余は否認する。右総会は、株主全員(委任状提出者を含む)の出席によって開催されたものであり、招集手続に多少の問題があっても有効に成立している。原告もその開催に同意しており、いまさら不存在を主張するのは信義則に反する。

(3) (3)は認める。しかし、この点も株主全員の同意があったから定款違反にはならないというべきである。仮に定款違反としても軽微なものであり、決議を不存在とする程のものではない。

(4) (4)は否認する。

(5) (5)は否認する。定款変更により取締役は三名以上一〇名以内とされている。

(二) 同3(二)について

(1) (1)は否認する。

(2) (2)は否認する。確かに、登記簿上取締役とされている湊忠弘と加藤律子は出席していないが、湊として松尾が、また、加藤として真倉弘がそれぞれ出席して取締役の権限を行使している。これは、被告設立当初から行なわれてきたことで、原告も十分承知し、かつ了解してきたことである。

(3) (3)のうち、松尾が招集したことは認め、その余は否認する。

(4) (4)のうち、吉岡が代表取締役に選任されたことは認めるが、その余は否認する。

(三) 同3(三)について

(1) (1)は否認する。吉岡、松尾は有効に選任された取締役であり、原告を除く取締役全員が出席して取締役会を開いている。

(2) (2)のうち、吉岡が招集したことは認めるが、その余は否認する。この日の総会も全員出席総会であるから有効に確定している。また原告もその開催に同意している。

3  同4について

(一) (一)は争う。賞与及び退職慰労金については、その支給の前提となる株主総会の決議を欠いている。

(二) (二)は認める。

(三) (三)は認める。

(四) (四)のうち、被告の定款に取締役の退職慰労金に関する定めがあることは認めるが、その余は否認する。

4  同5のうち、被告が任期満了前に原告を解任したことは認めるが、その余は争う。

5  同6のうち、(一)は否認し、(二)及び(三)は争う。

6  同7について

(一) (一)及び(二)は認める。

(二) (三)は否認する。企業年金保険契約の受取人は会社であって原告個人ではない。また、原告は、被告の機関として代表権に基づき契約を締結したのであり、効果が原告個人に帰属するものではない。

(三) (四)のうち、被告が主張のとおりの金員を受領したことは認めるが、その余は争う。被告が契約当事者として権限に基づき受領したものである。

7  同8は明らかに争わない。

三  抗弁(請求原因5に対し)

1  原告は、平成二年四月一一日、脳血栓のため入院し、長期の入院加療を必要としたうえに、字を書くことも思うに任せず、通常の業務の執行に耐えることのできない状況となった。

2  原告は、厖大な株式の信用取引等を無断で行い、その結果、株式信用取引により三四〇九万円、インパクトローンの取引により四二六〇万円、合計七六六九万円の損害を被告に与えた。

3  原告は、次のとおり、被告の代表者として、その職務の執行にあたり公私の区別が明確でなかった。

(一) 被告の定期預金三六〇〇万円を、被告に無断で、しかも、取締役会議事録を偽造して金融機関に呈示し、原告個人の借入のために担保として使用した。

(二) 原告は、平成元年一〇月頃から平成二年四月頃までの間、原告個人の株式の信用取引を含め、株式の信用取引に熱中し、代表取締役としての職務執行をないがしろにした。

4  したがって、原告を取締役から解任したことについては正当の事由があったというべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、原告が平成二年四月一一日に、脳血栓のため入院したことは認めるが、その余は否認する。

2  同2は否認する。株式の取引等については各取締役の同意を得ているし、取引の総損益を計算すれば利益が出ているはずである。

3  同3は否認する。被告が順調に経営できているのは原告の経営努力のおかげである。

4  同4は争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(原告の地位)及び同2(本件各決議の内容)は当事者間に争いがない。

二  同3(本件各決議の効力)及び同4(報酬・賞与・退職慰労金の請求)について検討する。

1  このうち、平成二年六月七日開催の株主総会は松尾が招集したこと、右総会において松本が議長を務めたこと、右同日開催の取締役会は松尾が招集したこと、右取締役会で吉岡が代表取締役に選任されたこと、同年一〇月二七日開催の株主総会は吉岡が招集したこと、以上の事実が当事者間に争いがなく、これに証拠(甲一、甲一四、乙一五、乙二二ないし二六、乙三四・三五、原告本人、被告代表者吉岡英雄、証人松尾福三)を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件各決議がなされる直前の被告の取締役は登記簿上は原告、胤森軍湊、湊、加藤、松川正二の五名であるが、このうち、湊以下の三名は単に名義を貸しているだけであって、実際に取締役として活動しているのは湊こと松尾、加藤こと真倉、松川こと大林(現被告代表者)であった。これは、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律によって、パチンコ業者自身による景品買取が禁じられているため、パチンコ業者またはその関係者である右三名が、景品買取業者である被告の取締役に実名で就任することが憚られたためである。

(二)  松尾は、取締役及び株主に対し、同年五月二一日付で代表取締役選任を議題とする取締役会を六月七日に開催する旨の通知を行い、同時に、右同日に臨時株主総会を開催する旨の通知も行った。これに対し、原告は、同月四日付で取締役会一同宛に書簡を送り、後頭部の血行障害で入院中であり、歩行が困難ゆえ同月七日の会合に出席できない旨申し入れた。また、同じく同月四日付で吉岡に対し、右株主総会への出席及び議決権行使についての委任状を送付した。

(三)  平成二年六月七日午後二時に臨時株主総会が開催された。委任状による代理も含めて株主全員が出席し、監査役である松本が議長に選出されて議事が執り行われた。議長が取締役二名の増員を提案したところ全員異議なく賛成し、出席株主から選任方法について議長に一任する旨の発言があり、これにも全員異議なく賛成したので、議長は取締役として松尾と吉岡を指名し、同人らの選任を可決した。同日午後二時三〇分、引き続いて取締役会が開催された。原告以外の取締役は全員出席し、松尾が議長に選出されて議事が執り行われた。議長が原告の解任理由を説明したところ、全員異議なくこれに賛成したので、原告の代表取締役解任を決定した。引き続き、全員一致により吉岡を代表取締役に選任する旨の決議がなされた。

(四)  吉岡は平成二年一〇月一一日付で、同月二七日に定時株主総会を開催する旨の招集通知を各株主宛送付した。右通知書には取締役解任の件が議題として挙げられていた。これに対し、原告は吉岡に対し、右株主総会への出席及び議決権行使についての委任状を同月二五日付で送付した。右株主総会は予定どおり開催され、委任状による代理も含めて株主全員が出席した(松尾、大林、真倉は株主としても湊、松川、加藤の名義を借りていたので、形式上は同人らの代理人として出席した)。発行済株式総数六〇〇〇株のうち原告の株式数は一七株であった。吉岡が議長となって議事を執り行い、原告の解任理由を説明し、解任の可否を諮ったところ、全員異議なくこれに賛成したので、同人の取締役解任を決定した。

(五)  被告の株主総会及び取締役会の招集手続の実務は監査役である松本の主宰する税理士事務所に委任されており、会議の議事録作成も同事務所が担当していた。

2  なお、原告本人尋問の結果及び原告の陳述書(以下、これらをあわせて「原告の供述等」という)中には、右のような取締役会及び株主総会の開催について連絡を受けたことはないとの部分があるが、原告から出席できない理由を述べた書簡が出されていることや、原告名義の委任状が提出されていることなどの事実に照らせば、到底採用することはできない。

3  そこで、本件各決議の存否及び効力について検討する。

(一) 株主総会の招集は、原則として、取締役会の決議に基づき、代表取締役がこれをなす必要がある(商法二三一条)ところ、これらの要件をともに欠く株主総会は法律上の株主総会ということはできず、そこで決議がなされても法律上の決議として存在したものとすることはできない。もっとも、右のような招集に関する要件を欠く場合でも、株主全員が出席して開催に同意すれば、法律上の株主総会として成立するものと解すべきである。また、代理人による出席の場合でも、会議の目的となる事項を了知して委任したものであり、決議が右事項の範囲内である限り、右の意味での全員出席総会に該当するものと解すべきである。

本件の場合、問題となった二回の株主総会のいずれについても、これらの招集を決定する取締役会の決議が有効に存在したと認めるに足る的確な証拠はなく(証人松尾福三の証言によれば、松尾が他の取締役と事実上相談して決めたことは窺えるものの、その具体的状況は明らかでない)、また、平成二年六月七日開催の株主総会が当時の代表取締役である原告の招集によるものでないことは明らかである(同年一〇月二七日の株主総会が権限のある代表取締役によって招集されたことになる点は後記のどおりである)。しかしながら、前記のとおり、二回とも株主の全員が出席して総会が開催されており、しかも、代理人に委任した株主にも会議の目的は了知されており、その範囲内で決議がなされているものと認められるから、前記のような招集手続についての要件を欠いていても、それらは法律上の株主総会として存在するものというべきである。

(二)  原告は、平成二年六月七日開催の株主総会について、定款上代表取締役がなるべき議長に監査役である松本が選任されたこと、取締役の選任が議長に一任されたことが手続上の瑕疵を構成する旨主張する。しかしながら、右のような事情が決議の取消事由となるか否かは別論として、それによって右株主総会の決議が存在しないとまではなし難いというべきである。

(三)  原告は、平成二年六月七日開催の株主総会において、定款の員数制限を超えて取締役が選任されたと主張するが、これは決議の内容上の瑕疵であって決議の存在とは無関係である上、決議の無効確認は法令違反のみを理由とすることができる(商法二五二条)のであるから、本訴請求原因としては主張自体失当というほかない。もっとも、乙第三六号証によれば、昭和五七年一〇月三〇日開催の定時株主総会において、取締役を三名以上一〇名以内とする旨の定款変更がなされていることが認められるから、本件株主総会決議が定款違反でないことも明らかである。

(四)  右のとおり、平成二年六月七日開催の株主総会は有効に存在することとなるから、そこで選任された吉岡は取締役の権限を有する。したがって、同日の取締役会に吉岡が出席したことは適法であり、同人を代表取締役に選任した決議も適法である。松尾は従前から湊名義で取締役としての活動をしていたのであるから、同人が取締役の資格で右取締役会を招集し、これに出席したことは適法である。湊が名義貸人として対外的な関係で取締役としての責任を負うか否かはともかく、対内的な関係では従前から松尾が取締役であることに疑いがない(本件株主総会決議のうち松尾を新たに取締役に選任した部分は無意味というほかない)。松本は招集手続の事務処理の委任を受けたに過ぎないとみるべきであるから、この点をもって招集手続の瑕疵とすることもできない。湊、加藤、松川は名義貸をしていたに過ぎないから、これらの者が出席しないことをもって定足数違反とすることはできない。

なお、右取締役会の招集通知には代表取締役の解任という議題が掲げられていなかったのであるが、そもそも取締役会は会社の業務に関し事態に即応して意思決定しなければならない性格を有するものであるから、招集通知に記載された議題に拘束されることなく決議を行うことができるものと解すべきであって、この点が本件取締役会決議の不存在ないし無効事由となるものではないというべきである。

4  以上によれば、本件各決議はいずれも有効に存在しており、原告は代表取締役及び取締役から有効に解任されたものというべきである。したがって、本訴請求のうち、本件各決議の不存在確認を求める部分、及び解任後の報酬・賞与・退職慰労金の支払を求める部分は、いずれも理由がないことに帰する。

三  請求原因5(任期中途解任に基づく損害賠償請求)のうち、原告の解任が任期満了前であったことは当事者間に争いがないから、右解任に正当事由があるか否か(抗弁)について検討する。

1  抗弁のうち、原告が平成二年四月一一日に脳血栓で入院したことは当事者間に争いがなく、これに証拠(甲二ないし七、甲一五ないし二一、甲二三、甲三二、乙一ないし五、乙一四、乙一六ないし二〇、乙二七・二八、乙三〇ないし三三、証人松尾福三、原告本人、被告代表者吉岡英雄)を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告は昭和四三年一二月二〇日に設立された会社であり、平成二年一〇月二七日時点での資本金は四〇〇万円(株式総数八〇〇〇株)で、株主が一二名、取締役が五名(うち代表取締役一名)、監査役が一名という体制となっている。被告の定款上の目的は菓子類及び食品、雑貨並び文房具類の販売及びこれに附帯する一切の業務であるが、実際はパチンコ店の景品の購入及び販売を業務としているものである。パチンコ店の景品は、顧客から持ち込まれた景品を交換業者が買い取り、これをさらに被告が買い取って別の業者に販売し、その業者からパチンコ店が買い戻すという経路を辿っており、顧客からの買取価格とパチンコ店による買戻価格の差額を被告ら中間業者が一定の割合で分配するというシステムになっている。

(二)  被告の決算期は毎年八月三一日であり、損益計算書によれば、昭和五八年期から平成三年期までの間の被告の売上高及び利益(税引き前)の推移は次のとおりである(万円未満切り捨て)。なお、平成元年以降、売上高は延びているのに利益が減少しているのは、平成元年期以降支払手数料の比率が上がったことと、平成二年期は原告の購入した株式等の売却により、多額の差損を計上したためである。

〔売上高〕   〔利益〕

昭和五八年 一三億五五五三万円 二億三一一〇万円

昭和五九年 一七億六九二一万円 二億九六三五万円

昭和六〇年 一六億八四五九万円 二億四一七五万円

昭和六一年 一八億八五七一万円 二億八三三〇万円

昭和六二年 一九億八四九六万円 三億二四八四万円

昭和六三年 二三億二四〇五万円 四億二三五六万円

平成 元年 二二億六七七〇万円 一億七五三一万円

平成 二年 二四億一三五九万円 一億一三〇八万円

(三)  原告は、昭和四九年一一月に中国新聞を退社して被告の専務取締役となり、昭和五三年四月に代表取締役に就任した。代表取締役に就任後間もなく株式の取引を開始するようになり、定期預金利息が下がったために有利な投資先を求めたことと、折りからの財テクブームに乗せられ、株式の信用取引を中心に多額の有価証券取引を行うようになった。取引額も昭和五八年までは百万円単位であったものが、昭和五九年以降は一億円単位になった。特に、平成元年期には、支払手数料率の上昇のため利益が極端に減少したことから、株式投資での挽回を求め、六億五八三二万円もの買付を行った。原告が積極的に株式取引をしている間は、証券会社の担当者が原告の許に頻繁に出入りしたり、一日に何回も電話がかかるなどしたため、被告の業務に影響が出ることもあった。しかるに、平成二年になると株価が暴落を始め、多額の含み損を抱えることになってしまった。これらは、原告の代表取締役解任後、平成二年九月二七日までに松本税理士事務所の手で順次全株売却され、合計三三七二万六二〇〇円の売却損を計上する結果となった。

(四)  原告は、そのほかにもインパクトローンという名称の投資を行った。これは、借入を外貨建(原告の場合は米ドル)で行うものであり、右外貨に相当する邦貨を借入時の相場で受領し、弁済時の相場で外貨建の元本及び利息を返済するというものであり、資金調達の手段にもなるが、為替相場の変動によって差益が生じうる仕組みになっており(借入時よりも返済時の方が円高であれば差益が生じるが、その逆の場合は差損となる)、主として投資目的の商品である。原告は、平成元年三月八日、一ドル一二七円一〇銭で一五七万四〇〇〇ドル(二億五万五四〇〇円)を借り入れた。なお、右借入金のうち一億四〇〇〇万円は投資信託に回し、一〇〇〇万円は転換社債を購入し、その余は株式購入資金とした(個人名義で購入した)。しかるに、その後円が下落し、原告の代表取締役解任後、松本税理士事務所が平成二年六月一二日に一ドル一五四円一八銭で元本二億四二六七万九三二〇円を返済したため、元本で四二六二万三九二〇円の差損が生じた。この間、利息として合計三〇三五万一四五八円(邦貨換算)を支払っているので、同一期間の短期プライムレートによる金利負担(一三七六万六八四八円)との差額一六五八万四六一〇円も為替差損ということになる。

(五)  原告が株式の信用取引やインパクトローンに投資することについては、事後的に決算書類に記載されて取締役会・株主総会に提出されたものの、事前に他の取締役から了解を得ることはなかった。原告は、会社名義のほかに個人名義でも株式の信用取引をしており、その結果生じた損失の埋め合わせのため、昭和六二年七月二四日付でせとうち銀行(旧呉相互銀行)から二〇〇〇万円の借入をした。その際、被告名義の定期預金二〇〇〇万円が担保として提供され、それを承諾する旨決議した同月一〇日付の取締役会議事録が提出されたが、実際はそのような取締役会は開かれておらず、本来松本税理士事務所が作成すべき議事録を原告が自ら作成し、取締役の署名押印のうち一部は会社に保管されてあった印鑑を利用して職員に代行させたものであった。原告は、このほかにも二〇〇〇万円の借入をし、そのために被告名義の定期預金一六〇〇万円分も同じ方法で担保に入れている。もっとも、これらの借入金は、代表取締役解任後に被告から返済の通告を受け、原告が全額返済した。

(六)  原告は、平成二年四月一一日に気分不良・眩暈を訴えて脳神経外科に受診し、脳血栓と診断されて入院治療を受けたが、加療によって症状が軽快し、同年六月二四日に退院した。原告は入院後も意識ははっきりしており、言語障害はなかったが、歩行・会話・筆記等の能力はかなり低下していた。

原告の入院後間もなく、証券会社から株式の信用取引の決済が迫っているとの連絡が被告にあったことから、松尾らが調査したところ、株式の信用取引及びインパクトローンで多額の欠損を抱えていることが判明した。松尾は、原告が株式取引に熱中する余りに営業に支障が生じているとの報告を受けていたこともあり、代表取締役として不適格であると考え、大林に辞職願の用紙を届けさせた。原告は一旦受領したものの、印鑑の持ち合わせがないとの理由で署名はせず、その後も辞職願を返送することはなかった。原告は、同年五月二日付で松本監査役に対し、信用取引による株式の決済時期については取締役会に一任する旨の委任状を差し入れた。これを受けた松尾らは、右決済については専門的知識を有する松本に委任することにした。

(七)  松本監査役は原告に対し、平成二年五月一七日付の通知書を送り、①株式の信用取引による損失の処理について、②インパクトローンでの借入金のうち五〇〇〇万円の使途について、③会社名義の定期預金を原告個人の借入の担保に提供したことについて、④インパクトローンの決済方法について、以上の四点について原告の考えを質した。

これに対し、原告は松本監査役宛に同月二八日付の回答書を送り、①信用取引の損失処理は決算期である八月末までの通算で考えるべきであるところ、株価は回復基調にあるから、信用決済もできるだけ損失を少なくする方法を考えるべきである(自分の助言を聞いて貰えれば損失は少なくなる)、②インパクトローンの借入金のうちの五〇〇〇万円は、後日発生した損失を回復するための株式買付資金にしたが、その際、信用の担保に回されないように敢えて原告個人名義にした、③被告名義の定期預金を個人の借入の担保にしたが、これについては当時の真倉監査役と伊東取締役の了解を得ている(ちなみに、残高は二九〇〇万円であり、自己保有の株式を全部売却して返済するつもりであるが、株買付用の借金が七九〇〇万円残っているのに保有株式の価値が五〇〇〇万円であり、不足分の資金捻出に苦慮している)、④インパクトローンの損失については、為替情勢からいって一ドル一二〇円にはなると思われるから返済時期を考慮して欲しい、大要以上のとおりの見解を述べた。

(八)  原告解任後に代表取締役となった吉岡は、平成二年八月一一日及び同年一〇月一八日付で原告に対して通知書を送付し、①被告名義の定期預金を担保に提供したことについての明確な回答がないが、八月末日までに三六〇〇万円を返済すること、②インパクトローンの清算による損失が四二六〇万円、株式信用取引による損失が三四〇九万円、合計七六六九万円になるが、これについては原告に損害賠償責任があるので、それについての考えを回答すること、以上の二点を要求した。

これに対し、原告は被告宛に同月二三日付の書簡(妻に代筆させたもの)を送り、①退院後も終日目と瞼が重く歩行も困難で、医師から長期治療の必要を聞かされている、②問題の財テクについては、会社の利益を思ってやったものであり、特に平成元年からは営業収支が赤字となったために、折からの財テクブームに乗ってやったが、相当の利益を上げて赤字減らしに貢献したと思う、③取引については全取締役の同意を得るべきであったのに軽率であったと反省している、④インパクトローンについては、前にも回答したとおり一ドル一二〇円にはなると思うし、現に一〇月二〇日には一二四円になっており、そこで決済すれば利子は別として四五〇万円の利益が出ていたはずである、⑤株式の信用取引については不徳の致すところであるが、証券会社の担当者による無断売買もあった、⑥病気が回復して個人の借金の返済の見通しがつき次第、申し入れ事項について努力してゆきたい、以上のとおりの回答を行った。

2  以上の認定に反し、原告の供述等の中には、昭和五五年夏ころに松尾に財テクの必要性を訴えて資金運用を任された上、株式の信用取引については個別に取締役の了承を得ており、平成元年ころには松尾から株式取引での利益が出たことを褒められたとする部分がある。しかしながら、松尾はそのような事実を否定している上、この点に関する原告の供述も、当初は、承諾を得たとしながら、その後は、必要がないから特に承諾を求めなかったとか、信用取引については承諾を得ていないが株式取引そのものについて承諾を得ていたなどと、承諾の有無それ自体という重要な点について変遷があるし、持ち回りで承諾を受けたとする一方で、決算報告書に記載して役員会で報告したとするなど、承諾の内容についても曖昧である。しかも、原告が入院後に被告に宛てた書簡においては、財テクについて取締役の同意を得ていないことを反省し謝罪しているのであって、これらの点からすれば、原告の供述等のうち、株式取引等に関する投機的な資金運用について松尾らの承諾を受けていたとする部分は直ちに採用することができないというほかない。

3  そこで、前記認定の事実から、原告の解任に正当事由があるか否かについて検討する。

(一) 取締役と会社との関係は委任契約に基づくものであり、がんらい、委任契約はいつでも解除しうるものであるが、それによって生ずる地位の不安定から取締役を保護するため、解任に正当事由のない場合に会社の損害賠償責任を認めたのが商法二五七条ただし書きの趣旨であり、これは株式会社に特別に課された法定責任と解すべきである。しかし、株主は企業の実質的所有者であり、業務執行が取締役会に委ねられているのも、専門的な知識を有する者に委ねた方が株主の利益になると考えられたからであって、経営面について株主の企業所有権を制約したものではないから、たとえ、経営事項ということで取締役の損害賠償責任が肯定されない場合であっても、がんらい自由であるべき解任権を不当に制約されるべきではなく、解任の正当事由というものも、この観点から決せられるべきである。したがって、右にいう正当事由には、取締役として不適格であったり、業務執行に支障を生じるような事情があることは勿論、経営判断の誤りによって会社に損害を与えた場合も含まれるものというべきである。

(二)  これを本件について見るに、原告は、脳血栓で二か月もの入院加療を要する状態になり、退院後も長期的な通院治療を必要とし、意識状態は普通であるものの、会話能力や筆記能力が相当程度低下しているのであって、かような状況で取締役として通常どおりの職務の遂行が可能であるとは考え難いというべきである。原告は、退院してからも、出社して自ら経営者としての職責を全うする態度を見せておらず、却って松本監査役や吉岡代表取締役らの責任追及に対してひたすら弁解に終始するばかりであり、自己の解任が議題になっている株主総会にも出席しないというのであって、職務の遂行に対する意欲も失われていたものと見るほかない。また、原告は、自己の株式取引による損失の穴埋めのための借入金の担保として会社の定期預金(額面合計三六〇〇万円)を提供し、そのために、取締役会の議事録を自ら作成して金融機関に呈示しているのであるが、これについて一部取締役においてそれを容認していたとしても、取締役会としての承認があったと解しうるか甚だ疑問であって、商法二六五条に反する疑いが濃厚であり、仮にそうでないとしても、経営者として当然に要求される公私のけじめを欠く行為と評価されても仕方がない。また、前記のとおりの株式取引への熱中ぶりは、会社に利益を与えようという意図や被告の業務の特殊性を斟酌してもなお尋常とはいい難く、経営者としての適格性に疑いを差し挟むに十分なものである。

(三)  しかも、原告は多額の株式の信用取引やインパクトローンという投機性の高い取引を独断で行い、結果的に多額の損失を被告に与えたものであって、これは、代表取締役としての経営判断の誤りと評価されても止むを得ないものである。しかも、被告の売上は毎年着実に伸びており、業務の特殊性からして、リスクの大きい株式取引に手を出さなければならない緊急性もないのであって、これは、原告も自認するとおり、折からの財テクブームに乗せられたという側面がかなり強いものと言わざるを得ず(会社の本来業務に支障が生ずるほど株式取引に熱中していたし、それに個人としても高額な信用取引をしていたというのであるからなおさらである)、自らの才覚を頼む余り、会社資産が危殆に瀕するという事態をもたらしたことについて、経営者としての責任を逃れることはできないというべきである。なお、原告のいうように、株式の決済やインパクトローンの清算の時期についての松本税理士事務所の判断が適切でなく、そのために損失を拡大させた可能性もない訳ではないであろうが、原告は株式の処理を取締役会に一任しており、それに基づいて松本が決済に当たったものである上、そもそも株価や為替の相場変動について的確な予測をすることは困難であるところ、その間の借入金の利子負担(特にインパクトローンについては為替相場により通常金利以上の負担を余儀なくされる場合がある)を考えれば、業務の必要性を優先して早急に換価することに合理性がないとはいえないのであって、右取引による損失の大部分は原告の経営判断の誤りに帰するものというべきである。

(四)  確かに、他の取締役らにおいても、決算資料等を精査することもなく、取締役としての監視義務を十分に尽くさず、漫然と原告の投機行為等を放置していたこと(これは、被告の業務の特殊性から、特段の経営努力もなく収益が上がる仕組みになっていることに由来するものと考えられる)は責められるべきであるし、会社の定期預金を担保に入れた件は結果的には実害はなかったのであり、株式取引等についても、従前の取引で一定の利益を上げ、会社に貢献していたことは事実であって(平成元年度以降の利益率の低下を填補しようとした意図は多とすべきであろう)、原告に一方的に責任を押しつけ、短兵急に解任にまで及んだ松尾らの態度には、やや穏当を欠くものがあるといえなくもない。しかしながら、だからといって、原告の経営者としての適格性や経営判断の当否が左右されるものではなく、松尾らが、株主としてそのけじめを要求することそれ自体について非難されるべきところはないというべきである。

4  以上によれば、原告を取締役から解任したことに正当の事由があるものということができるから、本訴請求のうち、任期満了前の解任を理由とする損害賠償請求も理由がない。

四  請求原因6(慰謝料請求)について検討する。

1  原告を取締役から解任したことは正当事由があるから、右解任そのものが不法行為となることはないし、松尾らが、右解任理由となる事実関係を第三者に摘示したり、当法廷で証言したりすることが不法行為を構成することはないというべきである。もっとも、松尾らが、原告の対外的な信用を失わしめるために、解任の理由となった事実をことさら強調したり、虚偽の事実を付け加えて流布するなどの行為をした場合には不法行為になり得るものと考えられるが、本件全証拠によっても、そのような事実を認めることはできない。

2  したがって、本訴請求のうち、不法行為に基づく慰謝料請求も理由がない。

五  請求原因7(不当利得返還請求)について検討する。

1  同7(一)(二)は当事者間に争いがなく、これに証拠(甲二二の1ないし12、乙六ないし一二、原告本人)を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告は千代田生命との間で従業員を被保険者とする企業年金保険契約を締結していた。これは、企業がその従業員に対する年金の支払いを確実に且つ円滑に実施できるようにすることを目的としており、被保険者すなわち従業員が年金の受取人となるとされている。被告は、他方で、役員を被保険者とする企業年金契約も締結していたが、この場合は、年金の受取人は被告であるとされている。

(二)  被告は千代田生命との間で、昭和五〇年一月一日、代表取締役を被保険者とし、被告を受取人とする企業年金保険契約を締結した。右保険契約は昭和六〇年に満期となり、千代田生命から被告に対して八二三万二四四八円が支払われた。

(三)  右金員を受領した原告は、昭和六一年六月一七日、住友海上火災保険との間で、被告を契約者とし、原告を被保険者とする積立ファミリー傷害保険契約を締結した。右契約において受取人の指定はなかった。右契約によれば、三年後から毎年一五〇万円、七年後から毎年一〇〇万円の満期返れい金の支給があることとされている。これは、原告が、財テクの一環として企業年金の満期返れい金の資金運用を図ったものである。

(四)  原告は、右満期返れい金の振込口座を一旦は自己の個人名義の預金口座と指定したが、平成二年分からは被告の預金口座に変更した。

2  以上の事実によれば、千代田生命から支払を受けた年金の受給権は被告にあり、住友海上火災保険との積立ファミリー交通傷害保険の受給権者も被告と解すべきであるから、被告が右契約に基づく満期返れい金を受領することが不当利得になるものでないことは明らかである。

3  したがって、本訴請求のうち、不当利得返還請求も理由がない。

六  よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官喜多村勝德)

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